ぬいぐるみのジュゴン
ジュゴンとは、伊勢神宮の帰りに寄った鳥羽水族館で出会った。
館内で一番盛り上がっていたのはスナメリのブースだった。
「イルカ?」「イルカかわいい~」そんな声の中、水中をくるくる泳ぐスナメリを見た。
「スナメリなのにね。」
人並みが去ってから水槽に近づくと、スナメリは目の前を横切り、こちらをみて首をかしげた。
ああ、イルカでもスナメリでもないんだと思った。
人がつけた名前なんて何でもよくて、君は君なんだね、とスナメリに手を伸ばすように、水槽にペッタリと掌をつけた。
スナメリは、くるくると明後日の方向へ泳いで行った。
次にジュゴンとマナティを見た。
同じ水槽で仲良く漂っていた。
……どっちがジュゴンでどっちがマナティ?
いや、人がつけた名前なんて何でもいいよね、わかってる。
……えっと、君はジュゴンなの?
ブース内には、「これなに?マナティ?」「ねえ、さっきのイルカ、こっちでも見れるよ!かわいい~」そんな声が響いていた。
ジュゴンとマナティが飼育されているのは、全国で鳥羽水族館だけです。それなのに、黄色い歓声はスナメリに向けられている。
ジュゴンもかわいいのにな。人魚とも言われて何だか神秘的だし。でも海の牛とも言われてる。
え、人魚って牛なの?
出口の横のお土産屋を横切りながら、ふと、ジュゴンのことを忘れたくないなと思った。
目があった30cmほどのジュゴンのぬいぐるみを手に取り、買った。
帰りは新幹線だ。
大きなリュックを背負い、手にジュゴンを持っていた。不思議とジュゴンが邪魔だとは一度も思わなかった。
家に持ち帰ると、ジュゴンの寝床を作って飾った。
時々、嬉しいことがあった日は撫で、悲しいことがあった日は膝に置いて泣きながら撫でた。
ジュゴンの頭には小さな毛玉ができた。
1つ1つ摘まみ、眉毛切りで切った。
時が経ち、ジュゴンの頭には毛玉の代わりに埃が積もるようになった。
時々ジュゴンの頭にコロコロをかけた。
ジュゴンの寝床が、本の上に変わった。
ジュゴンの頭の埃は、コロコロでは取れにくくなった。
大晦日に外でパタパタ叩き、ガムテープでペタペタするようになった。
そんなジュゴンと今日、お別れする。
ゴミの入っていないゴミ袋にジュゴンを入れた。
ふと、名前をつけていないことに気がついた。
ポタポタ落ちる涙を頭で受け止め、吸ってくれた日も、私はずっとジュゴンと呼んでいた。

